「根付とは江戸時代の携帯ストラップ!?」
|はじめに
10代20代の若い世代の方々は「根付(ねつけ)」という言葉自体聞いたことがないかもしれません。根付を一言で表現するなら、「江戸時代の携帯ストラップ」。今も昔も大事なものに自分だけのお気に入りの「提げ物」をつける日本独特の感性は変わっていません。
|根付のはじまりは江戸時代 粋な町民文化から
根付とは江戸時代、「粋」で「遊び心」をもつ江戸町民の感性から生まれた伝統工芸のひとつ。当時着物を着た男性が印籠、巾着、煙草入れなどを帯に挟んで腰に下げる時、落とさないようにつけたすべり止めとして使用。かつては工芸品ではなく実用的な道具でした。大きさは手のひらに収まるサイズで紐を通す2つの穴があります。ポケットのない和装にはなくてはならない存在でした。つまり「根付」の語源は、提げ物(印籠・巾着・煙草入れ)根元の部分に取り付けられたことから生まれたものです。
|実用品としての昔の根付とは
「古根付(こねつけ)」と呼ばれた江戸時代の根付は、庶民から武士階級まで幅広く実用品として明治時代まで愛用されました。実用品であることから形や大きにもこだわりと工夫が凝縮され、大き過ぎず小さすぎない手のひらサイズで小さく丸みのある形が完成されました。「粋」で「洒落心」のあった当時の人々は、より目立ち、よりかっこよく根付にこだわった結果、根付師による精緻な高度な装飾と彫刻が生まれ、自由な発想・表現・風刺など江戸文化と融合し、今も残る「江戸古根付(こねつけ)」が確立されました。
|明治以降、現代までの根付とは
江戸時代に全盛期に達した根付は、時代が進み、明治時代の文明開化とともに和装から洋装になったことにより、根付はその使用目的を失いました。実用品として無用になった根付は美術工芸品として海外へ流出。海外コレクターや美術品として愛された根付は、存在意義を残してきました。明治・大正・昭和・平成と絶えることなく今日まで、根付師による努力と創意工夫により根付は「現代根付」として継承されています。また日本人のみならず欧米を中心とした外国人コレクターによって研究・評価がなされ、日本以上にその価値が認められています。
|平成時代これからの根付とは
江戸時代から現代まで過去2000人ほどの根付師がいたとされています。平成27年現在、日本人の根付師の人数はどれほどかは定かではありません。先人の根付師から伝承された「粋」や「洒落」の日本独自の美的感覚は、現代の若い根付師にもその魂と技術の伝統は継承されています。江戸時代の文化に浸透した根付は、平成の現代においてもきっと受け入れられる作品が現れてくるでしょう。